無題のメルヒェン



      10

 自分と離れることが悲しいとか、素性なんてどうでもいいとか。そんなふうに他人に思われたのは初めてだった。ジョエルは気が付いたら、目の前で泣いている小さな少女を抱き寄せていた。
 腕の中にすっぽり収まるくらい小柄な少女は、とても温かかった。かけがえのない、アイリーンの体温だった。

 気が付いたら朝になっていた。
 花畑で横になっていたジョエルは眩い朝日で目を覚ました。いつものことだからすぐに目が慣れてきた。目の前にアイリーンの穏やかな寝顔があった。朝日に照らされているせいか、彼女の肌と金の髪が透けるように白かった。
「!」
 ジョエルが反射的に起き上がると、アイリーンも目を覚ました。朝日に眩しそうに目を細めながら、彼女も起き上がった。
「……ジョエル? おはよう」
 はにかみながらアイリーンが言う。
「バカ! お前! もう少し危機感とかをだな……!」
 アイリーンは首を傾げ、きょとんとした目でジョエルを見返した。
「いいよ。ジョエルなら大丈夫」
「どういう意味で言ってんだてめえ!」
 へらへら笑っているアイリーンの頭に軽くチョップをかます。慌てているこっちが馬鹿馬鹿しくなってきて、一度深呼吸した。
「アイリーン」
 ジョエルはアイリーンの頭をそっと引き寄せた。彼女は嬉しそうにジョエルの胸に身を寄せてくる。このままもうしばらくアイリーンと過ごせばいい。誰かに咎められることもない。望まれた分だけ、何度だって一緒にいればいい。
 アイリーンと一緒に食べる朝食もこれで何度目になるだろうか。ジョエルがよく食べるからか、アイリーンは毎日品を変えてはジョエルの舌を驚かせている。食べた後はいつも部屋で少しくつろぐ。アイリーンが部屋で古びた本を開いて静かに読むのを、横で寝転がりながら眺めるのも日課になっていた。
 この家には先代の魔女が遺したという古びた本が何冊もある。彼女は森を見回る以外は薬草で薬を作ったりこれらの本を読んだりして過ごすことが多いようだ。
「……お前、その本好きだな」
 アイリーンは、落ち着いた緑の色合いの本をよく読む。アイリーンは本から視線をジョエルへ移した。彼女は開いた本がジョエルに見えるように持った。
「わたしのお気に入りのお話なの。森の魔女がね、森に生まれ変わりにきた男の人と出会って、仲良くなって……。でも魔女がね、突然病気で死んでしまうの。男の人はそのまま魔女のことが忘れられなくて、ずっと森で暮らすのよ」
「……お前、そんな話が好きなのか?」
 途中まではともかく、話が暗い方向に進んで終わっている。こんな話の何がいいのかまったくわからなかった。それに――。
 ――話が妙に、アイリーンと俺のことに似てすぎやしねえか?
「おいアイリーン」
 名を呼んでから、ジョエルはアイリーンの膝の上に頭を乗せた。ちょうどジョエルに向けて微笑むアイリーンの顔が反対に見える。出会った頃はぎこちない表情ばかりだった彼女も、ジョエルと接することで少し表情が豊かになり、笑顔も自然になってきた気がする。
「お前、他にどんなもの読んでんだ?」
「ジョエルも読みたいの?」
「俺は……、本は駄目だ。じっと文字読んでるなんて退屈でできねえよ」
 アイリーンは傍の棚から何冊か取り出した。
「こっちが塗り薬とか、睡眠薬とか、毒薬の作り方の本。こっちがこの森の伝承にまつわる本で、こっちは……」
 楽しそうに本を紹介していくアイリーンの顔を反対から眺めながら、彼女の弾んだ声に耳を傾ける。日々はそうやって何事もなく過ぎていった。

 アイリーンが倒れたのは突然のことだった。
 額や首に汗を浮かべ、顔が少し赤いから熱でもあるのかと思っていたら、彼女は森の中を見回っているときに突然崩れ落ちたのだ。
「アイリーン! おい、しっかりしろ!」
 慌てて抱き起こすと、彼女は赤い顔で荒い呼吸を繰り返していた。アイリーンを抱え上げ、急いで彼女の家へ戻る。毛布を敷いただけの寝床に彼女を寝かせて様子を見ると、彼女は辛そうに顔を歪めていた。
 倒れた人間の看病の仕方を、ジョエルは知らない。とりあえず苦しそうだったので川から水を汲んで濡らしたタオルで汗を拭ってやるくらいはしたが、何をどうすれば元の彼女に戻るのかは皆目わからなかった。
 たまに目を覚ましては水くらいなら飲んだが、寝床から起き上がることはできそうになかった。彼女が仕舞っておいた食料を使って、見よう見真似で料理をしてみた。アイリーンが作るほどのものはできず、自分で食べてみてもひどい味だと思ったが、アイリーンは赤い顔に笑顔を作って食べてくれた。
 アイリーンの容体は三日経っても回復しなかった。
「ごめ、んね……。ジョエル……」
 吐息混じりで、弱々しく言うアイリーンの頭をジョエルは撫でた。
「気にすんじゃねえ。それより早く、身体戻せよ」
「うん……」
 毛布を胸の前までかぶせ、アイリーンは笑った。

 アイリーンは良くなるどころか、どんどん悪くなっているようにさえ思えた。荒い呼吸を絶えず繰り返し、昏々と眠る時間が長くなっていく。
 森を出て町の医者に連れて行ってやるべきだろうか。だが、おたずね者のジョエルが行けば警察に捕まるだろう。だが今はそんなことも構わずアイリーンを連れて行ってやるべきだ。苦しんでいるアイリーンを助けるには、ジョエルひとりでは無理だ。彼女を助けるには、自分が捕まる覚悟で町に行くしかない。
「ジョ、エル……」
 ジョエルがアイリーンの傍で考え事をしていると、アイリーンが弱々しい手つきでジョエルの上着の裾を掴んだ。ジョエルははっとしてアイリーンを見下ろす。
「いいよ……。いいんだよ……」
「おい、何言ってんだ」
 ジョエルは服を掴んだアイリーンの手を握った。紙のように白い手はひどく震えていた。
「町は、いいの……。ジョエルも、やでしょ……?」
「けど、お前このままだと……!」
「わたしも、町はいや。それに、きっと、もうどうしようもないの……。だから……」
「ふざけんな……! どうしようもないわけあるかよ!」
 小さな手を強く握り、ジョエルはアイリーンを見下ろす。
「言えなかったの。わたしは、魔女……。……呪われ、てるの。……誰かを、生まれ、変わらせてあげる、そのたびに……、わたしの魂が、削れて、いくの……。だから、もうほとんど、わたしの魂は、ないの。だから、しょうがないこと、なんだよ……っ」
 青い目いっぱいに涙を浮かべたアイリーンを、ジョエルは呆然と見下ろす。
 森の魔女。魔女に呪われた魔女。リンネを行う少女。彼女はその仕事を行うたびに魂を削り、自らの寿命を削っていた。魔女の命など、他人の欲望のための消耗品ではないか。他人を生まれ変わらせてきたために、彼女は死ぬ。怒りが喉の奥で沸き上がるが、どれも言葉にならずに喉につっかえた。
 彼女は魂が削れることを知っていて、仕事をしていた。いつか死ぬことを受け入れていた。それでも彼女は魔女として生きたかったのだろう。
 アイリーンの頬に手を伸ばす。柔らかな頬は熱く、ジョエルの手のひらに彼女の熱がじんわりと伝わった。
「……聞いてねえぞ」
「言えないよ……。ずっと、ジョエルと、いたかったの……っ」
「……俺を、ひとりで残す気かよ……っ」
 アイリーンの目から涙が零れて、ジョエルの手に触れた。
「……わたしの、お気に入りの、あの本……」
「何だよ?」
「……一緒に、リンネ、させて……。そしたら、また、会えるよ……」
 ――ずっと、一緒だから……。
 アイリーンの口から、途切れそうなほど小さな囁きが漏れた。

 どれくらいそうしていたのか、あまり覚えていない。
 荒かった少女の呼吸が止まった後も、ジョエルはアイリーンの手を握ったまま傍にいた。
 血の気のない白い肌をした、永遠に眠る少女。
 彼女の手は冷たく、生きていた頃に感じていた弾力は失われていた。
「…………」
 森はとても静かだった。鳥や獣の声も心なしか遠い。時間が止まったかのように、世界から音が消えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
 どれくらい時間が経っただろう。
 死体は、そのままの状態を保てないことは知っていた。いずれ腐ってしまう。
 ジョエルはアイリーンから身を離し、彼女が好きだったあの緑の表紙の本を取り出し、彼女の胸に置いた。そのままそっと彼女を抱き上げ、一度一緒に行ったことのある森の中心部へと向かった。

 以前のリンネで一度黒くなった泉は、いつの間にか元のように青く澄んでいた。
 ジョエルは力なく自分に体重を預けるアイリーンを、泉の中へと下ろした。本が泉の中で開かれる。少女の身体がゆっくりと沈んでいく。そしてジョエルは、魔女が使うというあの言葉を一言、唱えた。
 また生まれ変われば、ジョエルはアイリーンに会うことができる。そしてまた死んだら生まれ変わらせればいい。そうしたら、彼女の言う通りずっと一緒にいられる。
 それは、永遠の――。


      14

 ジョエルは気が付いたら歩いていた。
 しばらくこの森の奥へと入っていって、身を隠すのがいいだろう。随分暗く深い森だ。歩いていくと、そこだけ月の光が差し込んでいるのが見えた。その場所へと進んでいく。森を抜けると、月の光が煌々と差し込む花畑に出た。花が、月の光を受けて白く輝いている。
 そこに、長い金の髪を流した少女が立っていた。少女は感情に乏しい青い瞳でこちらを見つめている。風が吹いて、無数の白い花びらが舞った。
 ――ああ、生きている。
 ――アイリーンが生きて、そこにいる。
「……生まれ変わりに来た人ね」
 あのときと同じ言葉を、彼女は言う。
 ――またリンネしたのか?
 ジョエルにはまだ実感が湧かない。だが、目の前に生きているアイリーンがいる。動いて喋っている。あの日と同じように。

 それから、同じ日々を過ごした。
 そう、出会ってから別れるまでの、あの短くも穏やかな時間を。それはまったく、あの日々と同じだった。出会い、食事に誘われ、森の中心へ死体を運びに行って、そして次第に触れ合うようになる。夢を見ているかのような、変な感じがした。
 だが時間はそっくりそのままあの日々をなぞった。幸せな時間は、長くは続かなかった。アイリーンは、あの日と同じように森の中で倒れた。
 ――今度こそ助けてやる。
 看病を変えた。食べさせるものを変えた。しかし何も変わらなかった。
 彼女が寝付いて数日後、あの日と同じように彼女は死んだ。
 そしてまったく同じ遺言通り、ジョエルはアイリーンと本を泉に沈めた。

 ジョエルは彼女の削れた魂を元に戻せないか、彼女の家にあった本を漁ってみた。読むのは少し苦手だったが、そんなことを言ってはいられない。
 魔女の伝承。リンネの秘密。
 この森を流れる水には不思議な力があるそうだ。それは森の中心の泉から溢れているものらしく、リンネの力の源はこの泉であるという。リンネはこの泉の力を使って、魔女が行うもので、この世に存在しているものならばリンネさせることができる。
 リンネとは、魂の時間を巻き戻すことである。しかしリンネを行うためには術者の魂を削る必要がある。
 魔女とは古来、自然の力を引き出す奇蹟の娘であった。だが長い歴史の中で魔女は邪悪な存在という烙印を押され、魔女の力を受け継ぐことは呪いとされてしまった。だが森の泉を守り、訪れる者をリンネさせて魂を削り続ける魔女は、やはり呪われているのかもしれない。
「…………」
 本にはそれらのことが書かれていた。手書きの文字から、いつかの魔女がまとめたのだろうと察しがつく。
「本、嫌いじゃなかった?」
 ジョエルがアイリーンの部屋で本を読んでいると、アイリーンが隣に腰掛けた。小さく笑うアイリーンが、隣にいる。この顔を見るたびに、ジョエルは思う。
 ――次は必ず助けてみせる。
 助けて、そしてこの日々をずっと続けるのだ。
 ジョエルはいつもと同じように、アイリーンの膝の上に頭を乗せた。
「……どうかしたの?」
「……お前、その本好きだな」
 彼女はあの日と同じように、お気に入りの本を広げていた。落ち着いた緑の色合いの、彼女と一緒に泉へ沈める本。
「わたしのお気に入りのお話なの。森の魔女がね、森に生まれ変わりにきた男の人と出会って、仲良くなって……。でもね、魔女がね、突然病気で死んでしまうの。男の人はそのまま魔女のことが忘れられなくて、ずっと森で暮らすのよ」
「…………」
 そうだ。あのときも思った。話が、アイリーンとジョエルとの間に起こった出来事に似すぎている。彼女が突然病気になることも、ジョエルがアイリーンをリンネさせることで、ずっと森で暮らすということも。
 ――待てよ。

 ……わたしの、お気に入りの、あの本……。
 ……一緒に、リンネ、させて……。そしたら、また、会えるよ……。

 ジョエルは、本も一緒にリンネさせた。彼女が死の間際にそれを望んだからだ。
だが、何故彼女はわざわざこの本を一緒にリンネさせたのだろう。
「まさか……」
 先程読んだ本には、何と書いてあった?
 ――この世に存在しているものならばリンネさせることができる。
 もしも、人間以外のものもリンネさせることができるとすれば?
 アイリーンは魂を削ったことで死んでしまう。彼女自身もう魂がほとんどないと言っていた。リンネが魂の時間を巻き戻すことだとしたら、もう彼女にはリンネすべき魂が残っていないのではないか?
 ――本当にリンネしたのは、何だ?
 リンネを何度か繰り返したが、必ず同じ出会い方をして、同じ過ごし方をして、同じ運命を辿っている。ジョエルはリンネした後、森に来てアイリーンと出会うところまで戻されている。アイリーンの魂が巻き戻っただけでは、同じ出来事と時間をなぞるはずがない。
 ――アイリーンがリンネさせようとしたのは、あの本ではないのか?
 この本の筋書きをジョエルとアイリーンとの出来事に見立てた、この本そのものがリンネしている。本は開かれると、ページを捲って終わりへ向かう。物語が始まるとまた同じように物語は続く。本の物語は決まっていて変わらないから、必ずアイリーンが死んで終わる。そしてリンネすることでまた物語の最初へ時間は巻き戻る。そうやって本の物語が永遠にリンネしているのだとしたら、ジョエルはアイリーンと出会ってから別れるまでの日々をそっくりそのまま何度も繰り返していることになる。
「ジョエル……? どうしたの? 怖い顔してる」
 はっと我に返ると、逆さまのアイリーンが心配そうにジョエルを見つめていた。
「……何でもねえ。大丈夫だ」
 ジョエルはアイリーンの金の髪を撫でた。


      18

 ジョエルはアイリーンと幾度も出会った。幾度も初めて出会い、少しずつ身を寄せ合い、そして必ず死に別れた。
 ジョエルは、彼女をどうにか生かすことができないかと考えた。魂が削れるせいで死んでしまうのなら、どうにかそれまでに助けられないか。
 あの死体を運ぶのを手伝わなかった。しかし、ひとりでも彼女は死体を引きずって運んでしまう。何度止めようとしても、彼女は止まらなかった。
「……おい、やめろ」
 死体をリンネさせることをやめさせられないか。アイリーンの細い腕を泉の前で掴むと、彼女は困ったような顔をした。
「ううん。わたしは魔女だから、わたしがやらないと……」
「……それでてめえが死んでも、いいっていうのかよ」
「いいの。それが魔女だもの。それが、わたしがここで生きているということなの」
 アイリーンはジョエルの腕を払って、泉にあの死体を落とした。
 アイリーンは魔女として生きている。魔女の仕事をすることで命を繋ぎ留めている彼女の手を、ジョエルは掴み続けることができなかった。ジョエルがナイフを手に生き続けているように、アイリーンも魔女として生き続けているのだから。

 手段はいくつもあるはずだった。
 彼女とずっと家で過ごしてみたらどうなるか。彼女がまだ元気なうちに森から連れ出そうとしたらどうなるか。ジョエルはやれることをすべて選択してみた。どれかひとつはアイリーンを助ける道に繋がっているかもしれない。だがアイリーンは家でじっとしていることはなかったし、特に森から出ることは嫌がった。
「わたしは魔女。その生き方しか、知らないの」
 そう言って、ジョエルが止めるのもきかず、彼女は魔女として日々を過ごした。
 口で言ってきかないのなら、力ずくで彼女を止めることはできないだろうか。
「……おい、やめろ」
 死体をリンネさせようとするアイリーンに、ジョエルはナイフを突き付けた。ナイフの切っ先を見つめるアイリーンの目は湖のようで、波立つことのない静けさを湛えていた。
「……刺す?」
 尋ねるアイリーンに、動揺はまったくみられない。
「お前がそれをやめるならな」
「どうして止めるの? ジョエルにとって、この人のリンネなんてどうでもいいはずでしょう?」
「それがそうでもねえ。リンネはお前の命に関わるんだろ?」
「うん。でも、このリンネを止めてもだめよ。削れた魂は、もう元には戻らないもの。このリンネを止めたところで、わたしの魂はもうすぐ朽ちる」
 何をしても、どの選択を選んでも、彼女は必ず倒れ、必ず死んだ。
 ジョエルは、アイリーンの何度目かの死を看取った。何度アイリーンの手を強く握っても、何度彼女と出会っても、結局泉に彼女を沈めることは変わらなかった。

 何度彼女の屍を積み上げたのだろう。本の中の物語は、何度繰り返されたのだろう。
 それはもうわからない。
 わかったことといえば、アイリーンの死は、どうやっても変えられないのだということ。本の中の結末を、登場人物が変えることは決してできないのだ。
 もうひとつわかったことがある。それはどれだけ別れても、出会えば想いは募るということ。

「この森のことを、知らないできたの?」
 アイリーンに出会うたびにいとおしさが溢れて止まらない。この後ジョエルの心が深い悲しみに引き裂かれるのだとしても、たとえ時が巻き戻るだけの不毛な繰り返しだとしても。
「ジョエル、ごはん、食べた?」
「……いつか、この森を、出ていくんでしょう?」
「言えないよ……。ずっと、ジョエルと、いたかったの……っ」
 出会って、一緒に食べて、触れ合って、別れる。
 ただこのひとときのためだけに、ジョエルは生きようと思った。


      ?

 ジョエルは気が付いたら歩いていた。
 しばらくこの森の奥へと入っていって、身を隠すのがいいだろう。随分暗く深い森だ。歩いていくと、そこだけ月の光が差し込んでいるのが見えた。その場所へと進んでいく。森を抜けると、月の光が煌々と差し込む花畑に出た。花が、月の光を受けて白く輝いている。
 そこに、長い金の髪を流した少女が立っていた。少女は感情に乏しい青い瞳でこちらを見つめている。風が吹いて、無数の白い花びらが舞った。
 ――アイリーン。
 ――ただこのひとときのためだけに、俺はお前に会いに行く。
 ――お前を永遠に生かすと誓う。
 そして繰り返す。穏やかな日々と、別れを。
 それでもいい。たとえほんの僅かでも、一緒にいられる穏やかな日々をともに過ごそう。終わりが来ればまたリンネさせればいい。何度彼女が死んだとしても、彼女が笑う時間まで戻ればいい。
 そのためだけに、ジョエルは何度も彼女に会いに行く。
 ジョエルは口の端を上げて、にやりと笑う。
「……よお」
 口を開き、何度繰り返したか分からない、その言葉を発した。
「――会いに来たぜ」




あとがき
 こんにちは、初めまして。葛野と申します。今回文フリに出す予定でこのお話を書いたのですが、自分の中で納得できないところがあって、急きょWebで公開することにしました。
 さて、作中でわかりにくいところをちょっとだけ説明します。章番号がばらばらなのは、繰り返して何番目の物語なのかに番号を振っているからです。最初の章は三回目でした。最終章は、もう何度繰り返したかジョエルでさえわかっていません。
 色々盛り込みすぎてしまい、無駄を削ったりジョエルがアイリーンを助けるために行動する箇所を増やしたりと、試行錯誤を繰り返しました。難しい題材なだけに、自分がどこまでできるか挑戦しつつの執筆になりました。こうしたら面白いかもと思う案もあったのですが入らなかったりして、まだ試行錯誤の余地があるなあと気付くことも多かったです。反省点もありつつ、二人のやりとりなどを書けて楽しかったです。
 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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